英国的価値観と訳される「British Values (ブリティッシュ・バリューズ)」という言葉を耳にされたことはあるでしょうか?
英国的価値観というと、「つまり…イギリスらしさ?紅茶やフィッシュアンドチップスが好きということだろうか?」と想像を膨らませそうになるかもしれませんが、いえいえ、そういう意味の「らしさ・価値観」ということではありません。
では、ここでいう英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)とは一体何でしょうか?
それは、現代社会を生きる若い世代をはじめ、イギリスで生活をする『すべての国民に大切にしてほしい価値観』のことをさします。
それでは、なぜ今この英国的価値観がイギリスの教育現場で注目されているのか、そしてどのように子どもたちの生活に結びついているのかについてお話したいと思います。
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学校監査の項目にもなるほど重要視される理由
この英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)は、2014年から公立・私立の両方の学校で必須化された内容であり、以下5つの項目があります。
- Democracy (民主主義)
- The rule of law (法の支配)
- Individual liberty (個人の自由)
- Mutual respect (相互尊重)
- Tolerance of those of different faiths and beliefs (異なる信仰・信条の容認)
※場合によっては、最後の2つのMutual respect (相互尊重)とTolerance of those of different faiths and beliefs(異なる信仰・信条の容認)がひとつの項目として扱われることもあります。
各学校・教師は、これらを学校教育を通して生徒に伝えていかなければならず、それがきちんと学校で導入されているかどうかが、教育基準局(Ofsted)の監査対象にもなっているという厳格さに驚きます。
イギリスの教育機関において、英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)がここまで重要視されている理由はなぜなのでしょうか。
それは、イングランドの中西部Birmingham(バーミンガム市)で起こったできごとが発端です。バーミンガム市はイギリスの中でも移民が多い地域ですが、複数の公立学校で「イスラム教徒が校長や学校関係者に就任し、学生たちにイスラム強固派の思想を広めようとしているという「トロイの木馬作戦」疑惑に関しての告発があったことがきっかけでした。
調査の結果、それを裏付ける証拠は見つからなかったものの、2014年イギリスの教育省(DfE:Department for Education)は、「過激主義、テロリズムの脅威に対する防御の強化」という目的、さらに「人々が多様化する現代の英国社会に適応する」ことを促進するため、英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)を学校で必須化する流れとなりました。
ブリテッシュバリューズは子どもたちの生活にどう関わっている?
先ほど箇条書きにしたように、英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)には、Democracy (民主主義)、The rule of law (法の支配)、Individual liberty (個人の自由)、Mutual respect (相互尊重)、Tolerance of those of different faiths and beliefs (異なる信仰・信条の容認)という5つの項目があります。イギリスでは、これらを学校教育・活動の中で導入するのですが、具体的にどのように関わってくるのかというと、
Democracy (民主主義)
イギリスにおいて、すべての人の意見は重要であるということ。投票や選挙もこの項目にあたります。2016年のBrexit(ブレクジット・イギリスのEU離脱)も一つの例ですね。
学校内では、すべての生徒・保護者・教育従事者の意見は「きちんと聞いてもらえる機会をもつ権利がある」という考えにより、日々の学校生活の中においても、保護者面談においても、学校運営に関する投票においても、それぞれの立場の意見をきちんと述べられ・聞いてもらえる機会を作ることがルールとなっています。
The rule of law (法の支配)
国が定める国家法律はもちろん、その前段階として、学生たちは各学校の校則や小学校で決められているゴールデンルールを守ることの大切さ、自分の行動に責任をとることを学校で習います。
また、他項目の「個人の自由」「相互尊重」「異なる信仰・信条の容認」を尊重することは大切ですが、自由や容認を優先するがあまり、ルールを破って他者に迷惑をかけたり、危害を加えることが無いよう、イギリスに住むすべての人は、イギリスの法律を守らなければならないという意味でもあります。それは、人々が平等であるということ、法に守られ安全な生活を送る権利があるということを含みます。
Individual liberty (個人の自由)
安全な環境で、個人の思想や選択が敬意をもって扱われるべきということを意味する「個人の自由」は、イギリスの学校ではPSHE(道徳よりも幅広い内容を教える教科)や学校の集会でも取り扱われています。
子どもたちの日常で「個人の自由」がどのように関わってくるかというと、たとえば「どうやって遊ぶか」「誰と遊ぶか」というような選択の自由や、給食や食生活において「ベジタリアン」という選択をすることも個人の自由のひとつと言えるでしょう。
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Mutual respect (相互尊重)
クラスメイトの立場や意見を尊重すること、きちんの相手の気持ちを聞くこと、親切にすることなど、日々の生活の中で子どもに培ってほしい気持ちがたくさん含まれる項目です。また、お友達の意見や気持ちはもちろん、自分自身を理解し尊重することも含まれます。
学校生活の上では、たとえばクラスメイトの誰かが何か良いことをして褒められたら、その子にクラス全員で「やったね!」「すごいね!」と気持ちよく声をかけて拍手してあげるような行動を促進するよう指導されます。
ひとつ上の「個人の自由」にも重なる部分があり、異性愛者・同性愛者であるというような性教育に関わる部分、他にも、肌の色や文化の違いなども含め、意見や思想を押し付けることなく、各自の立場の尊重と他者への寛容さをしっかりもつことが大事です。
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Tolerance of those of different faiths and beliefs (異なる信仰・信条の容認
多民族が入り混じるイギリスでは、神を信じる・信じないというような信仰の有無、宗教による服装の決まり、ラマダン(断食)期間のような宗教行事など、個人や家庭で信仰に対する姿勢や関わり方が違ったり、大きく異なる信条を持っていることも少なくありません。
大人の世界ほど顕著でなくても、学校生活や友人関係において、信仰・信条の違いに「あれ?」と気づかされる場面があります。異なることが悪いという認識ではなく、大切な友人・クラスメイトだからこそ、それぞれのバックグラウンドをお互いに容認し、それが差別や偏見につながらないように配慮することが大切だと教えられます。
学校で教員をなさっている方の話では、幼稚園や小学校の年齢の子どもたちは素直なので、たとえ相手と信じるものや選択が違っても「ふーん、そうなんだね。ま、いいさ、遊ぼう!」のように、意外とすんなり受け入れて友人関係をスムーズに継続していくのだそうです。
大人の私たちの方が、案外固定観念や先入観に影響されてしまっているのかもしれないですね。
ハーモニーの大切さ
出身地、文化的・宗教的背景、身体的特徴、使用言語、英語の訛りなど、イギリスでは、本当に多種多様な人々に出会います。学校内でも例外ではなく、一つのクラスに、さまざまなルーツの子どもたちが混ざって一緒に学んでいる割合は、日本とは比べ物にならないほど高いです。
ともすれば、人間は冷酷でひどい態度を他人に取ってしまうこともあるかもしれません。ですが、ひとりひとりがハーモニー(調和)を意識して、親切で思いやりのある心を忘れず生きていくことを日々の生活で目指していけば、学校生活も地域も国家も、安全・平和で住みよい場所になるでしょう。
多文化・多民族が入り混じる環境で育ち、社会に出て生活をしていくイギリスの子ども達は、この英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)を尊重し、イギリスに住むすべての人が自由で安全に生活できる環境を調和を持って作り上げていく必要があることを、日々肌で学んでいるのだと思います。
ブリティッシュ・バリューズを英語で学んでみよう!
最後に、ESOL(留学生のための英語補習クラス)用に作られた、英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)を分かりやすい英語で説明している動画をご紹介します。
5つの項目の代わりに4つに分けて説明されていますが、内容は同じです。
実際のイギリスの生活や、学生として暮らす中で、どのように英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)を意識して取り入れていくかが、例とともに解説してあります。
人々がお互いに笑顔で生きていくために
もともとは、「多様化する現代の英国社会に適応することを促進するため」という目的の他に、「テロリズムに対する防御の強化」という目的もあり、導入にはやや穏やかではない雰囲気があった英国的価値観(ブリティッシュ・バリューズ)でしたが、調べていくほどに、結果的にこれは、人間が心地よく安全に生活するうえで欠かせない「Kindness・思いやり」の心が大切なんだよということをメインで伝えようとしているのだということに行きつきました。
決して、何か特別なことをしなくてはいけないわけではなく、ただ人間として当たり前とも言える意識をもち、人とのかかわりの上で実践していけばよいということなのです。
英国だけでなく、どこの国でも、どの地域でも、このような意識を持って地球家族として、皆が幸せに生きていける世界を作っていきたいものですね。
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