小学校受験は、他の校種の受験とは異なります。問題を解くことが求められるのではなく、どう生活し、どう遊んでいるか、つまりその子の日常が問われるからです。それでも、様々な準備が小学校受験には必要です。「どれだけできるか」ではなく「どのような子か」が決め手となる小学校受験では、受験に向かう親の心構えも、大切な準備の一つとなるでしょう。また、親の心構え次第で、子どもの経験の質も変わってきます。
とりあえずできるように仕上げるのではなく、受験のための準備が、学びの土台となる経験になっているか。成果を求めるばかりでなく、取り組む楽しさを子どもが実感できているか。我が子の「いまここ」に親は寄り添うことができているか。焦りとの戦いの中であっても、立ち返る基準としての心構えはしっかりと保っておきましょう。信じて向かう小学校受験という経験は、きっと親子にとっての大きな成長となるはずです。
その受験は誰のための受験?
「〇〇ちゃんのためなんだから、だから頑張って」。心の中にある祈りは、まだ幼少期にある子どもには届きません。言葉にしたところで伝わりません。小学校受験に向かうプロセスには様々な壁があり、だからサポートする親は悩みます。もしかすると不安や焦りが膨らみすぎて、一番大切なことが見えなくなってしまう可能性だってあるかもしれません。だからこそ、受験に向かうのであれば考えていただきたいことがあるのです。「その受験は誰のための受験?」ということを。
小学校受験は極めて特殊な受験です。「頑張って努力して」というより、子どもが楽しく自分にチャレンジできるように。知識を増やす、身体や手指を動かす等の受験の準備も、「楽しいあそび」となるように。そんな環境づくりが、サポートする親側に求められます。
加えて、親には面接も課されます。「親である自分が試される受験」と思ってしまうほど、親にも関与が求められるのが、小学校受験の特殊性ということでしょう。しかし、だからこそ、「この受験は子どものための受験」ということを意識していただきたいと思います。
受験に向かうプロセスに埋め込まれた「経験」が、本当に子どものためになっているか否かを確認する。「試されるのは親」であろうと、その営みが、子どもの成長につながる経験となるよう、意識をし続けていく。受験に向かう一つひとつの経験を、「子どもの経験」という角度で捉えていけば、きっとそれは、親のために子どもを振り回す経験とはならず、「子どものため」とすることができるのだと感じます。
受験の準備は幼少期だからこそできる貴重な経験
小学校受験を経験された方がよくおっしゃいます。「受験の準備で得られたものは、非常に大きかった」と。
日本の文化を知るために旅行をした。四季折々の花や植物を公園で観察した。第二の脳とも言われる手指を使うために、折り紙や輪つなぎの練習を毎日行った。ちぎる練習のために、たくさん野菜をちぎらせた。廃材を利用して一緒に玩具を作った。一緒にお料理だってした。洗濯物をたくさん畳んでもらった。カレーの材料を考えてもらってから一緒に買い物にいった。
これらの経験は、受験のためのトレーニングなのかもしれませんが、一方で今求められる「生きる力」にも通ずる力の育成とも捉えられます。親子で一緒に楽しむ経験は、子どもの心を育てる営みとも捉えられます。その上、できることがどんどん増えていく。知識や知恵もどんどん膨らんでいく。受験を契機として、このような経験ができることには、「問題を解く」受験とは異なる価値があり、小学校受験の醍醐味とも言えるかもしれません。
小学校受験の価値を高める親の心構え
それでも、厳しい合格基準もある受験である以上、親側には数々の葛藤があるものです。ここでは、小学校受験の価値を高めるための親の心構えについて見ていきましょう。
受験の準備は「学びの土台」になっているか
幼少期は、学びの芽生え期とも言われる時期で、子どもが自分の好きな世界を見つけたり、気になる遊びに没頭したり、ワクワクを大いに楽しむ大切な時期です。小学校以降の、皆で同じことを一緒に学習する、皆で同じゴールに向かっていく学びが始まる前段階であり、この時期に「学びって楽しい」「自分にはできる」という経験を積むことが、その後の学びに対する興味や意欲を育てていくと言われています。
受験のための準備には、幼児の生活に根ざした豊かな経験がたくさん詰まっています。受験の準備が、子どもにとっての「学びの土台」となる経験かどうかを親が意識することで、同じ経験でも異なる価値を享受できるものです。
「ちゃんとやりなさい」「みんなできているでしょう」こういった言葉を控えれば、本来のその経験の価値が発揮されるはず。焦る気持ちはわかりますが、ここは一つの経験の価値を高めるためにも、不要な言葉はポジティブな言葉に置き換えてみましょう。「楽しいね」「難しいね」などの、子どもの気持ちを代弁する言葉がおすすめです。
取り組む楽しさを実感できているか
親の目は「成果」に行きがちです。絵を描いても、制作をしても、上手な子の作品に目を奪われ、ついつい比較が始まってしまいます。「〇〇ちゃんは上手ね」。しかし、何気ないこの一言が、子どもから楽しさを奪い取ってしまうのです。
実際の入試においても、決して上手に描ける子が合格するわけではないということを、よくお聞きします。成果にばかり目を向けずに、取り組む楽しさを是非とも実感させてあげましょう。
子どもは楽しければ没頭します。楽しければもっともっと練習がしたくなります。結果、自由に自分の世界を描くことができるようになるのではないでしょうか。起点は楽しさです。
取り組む楽しさを実感できる環境を作るためには、子どもの表情や息遣いを感じることがおすすめです。成果物を見るため手先に向いてしまいがちな目を、是非お子さんの表情に向けてみてください。きっと今しか見ることができない、可愛らしい表情がそこにあるはずです。
子ども一人ひとりに寄り添う姿勢をとっているか
子どもの発達には個人差があります。目安としての発達段階はあっても、一人ひとりの成長のプロセスは異なります。受験に向かう道のりでは、子ども一人ひとりに寄り添う姿勢が必要です。
子どもは安心安全な基地があるから、自己主張できるのです。自己を発揮することもできるのです。集中することも、頑張ることも、全て自分の居場所があってこそのこと。受験の経験の価値を高めるためには、基盤となる安心安全な環境が必須です。「入試までの道のりは、その子によって異なる」ことを意識し、親子の愛着関係が崩れぬよう、しっかり丁寧に寄り添ってあげましょう。
小学校受験では、集団でトレーニングを積む場も必要でしょうが、家庭では一人ひとりに向き合えます。そんなサポートがあれば、子どもは一つひとつ階段を登り、「できた」という感覚を掴むことができるはず。自己肯定感も高まることでしょう。
親の心構えで、その後の流れが変わっていく小学校受験。まずはご自身の心を整えることからスタートできるといいですね。
■ライタープロフィール
江藤真規
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了 博士(教育学)
株式会社サイタコーディネーション代表
クロワール幼児教室主宰
アカデミックコーチング学会理事
公益財団法人 民際センター評議員
自身の子どもたちの中学受験を通じ、コミュニケーションの大切さを実感し、コーチングの認定資格を習得。現在、講演、執筆活動などを通して、教育の転換期における家庭での親子コミュニケーションの重要性、母親の視野拡大の必要性、学びの重要性を訴えている。著書は『勉強ができる子の育て方』『合格力コーチング』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『心の折れない子どもの育て方』(祥伝社)、『ママのイライラ言葉言い換え辞典』(扶桑社)など多数。
クロワール幼児教室
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