2019年09月23日 公開

幼児期の教育が重要といわれるきっかけ「ペリー就学前計画」とは

幼児期の教育で将来の収入や社会的成功は決まるのでしょうか。近年、幼児教育や非認知能力の重要性を語る上で欠かせない「ペリー就学前計画」。幼児教育が重要といわれるきっかけとなったペリー幼稚園プログラムの教育内容や結果など注目すべき点をまとめました。

幼児期の教育で将来の収入や社会的成功は決まるのでしょうか。近年、幼児教育や非認知能力の重要性を語る上で欠かせない「ペリー就学前計画」。幼児教育が重要といわれるきっかけとなったペリー幼稚園プログラムの教育内容や結果など注目すべき点をまとめました。

ペリー就学前計画とは?

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Monkey Business Images / Shutterstock.com
ペリー就学前プログラムは、1962年から開始され、現在も追跡調査が続いている、アメリカ・ミシガン州のペリー小学校付属幼稚園で実施された実験のこと。

心理学者のデイビット・ワイカートが提案者。幼児教育計画の研究プロジェクトとして、後に設立されたハイスコープ教育財団(HighScope Educational Research Foundation)が継続して調査しています。

英語では“Perry Preschool Project”、“Highscope/Perry Project”または略して“Perry Preschool”とも呼ばれます。

日本では「ペリー就学前計画」のほか、「ペリー・プレスクール・プロジェクト」「ペリー幼稚園プログラム」「ペリー幼児教育計画」「ペリー就学前プロジェクト」「ペリー幼児教育研究」などさまざまに訳されています。

このプログラムで質の高い幼児教育を施せば、本人のみならず、社会全体にも好影響を及ぼすという点で大きく注目されています。

幼児教育を受けた結果、成人後の雇用や経済状況が安定し、生涯に渡って所得の向上が見られ、犯罪率も低くなるなど、人生をより良くできることを実証した社会実験として知られています。

なぜ注目されているの?

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superjoseph / Shutterstock.com
2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン(James Joseph Heckman)教授による、学術雑誌“Science”(2006年)での研究発表がきっかけです。彼自身が関与した「ペリー就学前プロジェクト」や「アベセダリアンプロジェクト」を根拠に、「5歳までの環境が人生を決める」と断言したことで大きな注目を集めました。

ヘックマン教授の研究結果は”Giving Kids a Fair Chance”(日本では『幼児教育の経済学』)と、一般向けの本にもまとめられて世界中で注目され、幼児教育の見直しに大きな影響を与えています。

ヘックマン教授は、幼児教育はプログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンが見込めるという費用便益分析をし、幼児教育に国が投資することで、社会に還元される経済的な利益を計算。これが、行政も動かし、各国が教育制度を見直して教育改革に踏み切るきっかけにもなっているようです。

わが国でも例外ではなく、内閣による「幼児教育、高等教育の無償化・負担軽減」の参考資料としても扱われています。

この研究プロジェクトは、参加者も少なく、非常に小規模なものだったにも関わらず、極めて高く評価されているのは、50年以上にわたる長期の追跡調査が行われていることが大きいようです。

ペリー就学前プロジェクトの概要

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Susan Montgomery / Shutterstock.com
イプシランティの給水塔とギリシャの英雄イプシランティの像。
実施場所:ミシガン州イプシランティ市ペリー小学校付属幼稚園
期間:1962~1967年 
対象:アフリカ系アメリカ人3~4歳の未就学児123人(デトロイト近郊の貧困地域で生活していた低所得世帯から、学校教育上のリスクが高いと判定されたIQ70〜85の子ども達)
方法:ランダムに抽出された被験者58名に「質の高い就学前教育」を施し、非被験者65名と比較。
追跡調査:3〜11歳(毎年)、14、15、19、27、40歳(以降継続中)。

「質の高い就学前教育」とは

・午前中に約2.5時間のレッスン(子ども5.7人に対し、教師1人の少人数制)
・1週間1.5時間の教師による家庭訪問を毎週実施
・親を対象とする少人数グループミーティングを毎月実施
※幼稚園の先生は修士号以上の学位を持つ児童心理学などの専門家に限定

以上の内容が10〜5月の30週間(約2年間とする文献も多々ありますが)行われたそうです。

【レッスンの内容】
いわゆる「アクティブ・ラーニング」で、子どもたちの自発的な遊びの実践を行いました。理解度に合わせて、想像力を促すような柔軟な授業で、遊びの復習を集団で行うことで、社会的スキルも教えたそうです。

家庭訪問を通して、親への学びの機会を提供しているのも大きな特徴といえそうです。

元々、幼稚園に行けないような教育的に不適切な環境で、親も問題を抱えていた子ども達が選ばれています。毎日午前中に幼稚園に通い、大人とやり取りをしたことで、社会性を育めたという側面も大きいようです。

この「質の高い就学前教育」は、「ハイスコープ・カリキュラム」(ハイスコープ・プログラム)として、政策設計や指導方法、評価基準などを含めて全米を中心に広がり、世界でも注目されているようです。

子どもの主体的な成長を支援すること、子どもと大人の関係性を大切にすること、子どもの発達を科学的に見ていることなどが大きな特徴です。

ペリー就学前プロジェクトの結果と結論

幼児教育、高等教育の無償化・負担軽減  参考資料:平成29年10月 内閣官房人生100年時代構想推進室  (140121)

19歳時には学校中退や留年、高校の卒業率、27歳と40歳時点では収入や犯罪率や持ち家率、生活保護を受けた割合などで、幼児教育を実施したグループの方が対照グループよりも優れた結果を出しています。

学業上での成功だけでなく、社会経済的な成功や社会的責任(犯罪や問題行動、婚姻など)を果たしているという、人生における長期的な成果が大きく注目されています。

ハイスコープ教育財団の元幼児教育評価研究センター長の若林巴子さんの報告によると、50歳時での追跡調査への準備も行われているそうです。これまでの調査に加え、健康面のデータが収集・分析され、質の高い就学前教育は中年期の健康も促進できるのかといった研究がされているそうです。

非認知能力の重要性が明らかに

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幼児教育プログラムを受けた子ども達のIQや学力テストは一時的に上昇しましたが、8歳前後では受けていない子ども達と大きな差がなくなったという点も重要です。この実験では、IQに代表される認知能力の上昇はできたけれど、効果は持続しなかったのです。

しかし、研究者が心理学的な方法で数値化したところ、プログラムを受けた子ども達の「非認知能力」が育っていたことが分析されています。

就学前に学習経験を積み、努力することを覚えると、成人後も、新しいことに興味を持ち、知識を得ようとする意欲を示す可能性が指摘されています。貧困から抜け出すには、環境以外に、気力や意欲が大きく関与するのでは、と見る向きもあります。

このプロジェクトで導き出された注目すべき結論は、教育で重要なのは、忍耐性や協調性、計画力などの非認知能力が大事であることです。

ちなみに、中室牧子さんは著書『学力の経済力』で、非認知能力の中でも特に重要なのは「自制心」と「やり抜く力」だとしています。根拠として、「マシュマロ実験」と呼ばれる有名な実験で、マシュマロを我慢できた子どもは成功するというデータも上げています。

IQを高めたアベセダリアン・プロジェクト

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「ペリー就学前プロジェクト」はIQの向上と維持には、あまり効果がなかったことが指摘されていますが、早期教育によってIQが上がり、その後も保持されている例もあります。

ヘックマン教授の論文の中で「ペリー就学前プロジェクト」と並べて紹介される「アベセダリアン・プロジェクト」(Abecedarian Early Intervention Project)という早期介入実験です。

アメリカ・ノースカロライナ州で、1972〜1977年生まれの、教育リスクの高い家庭の子ども111人(アフリカ系アメリカ人が中心)が対象。57人に「質の高い教育」を施し、「ペリー就学前プロジェクト」と同様に長期に渡る追跡調査が継続して行われています。結果は、実験グループの子ども達の学力検査の成績や学歴から収入の多さや持ち家率、犯罪率などでも大きな差異が認められています。IQも上がり、その後も差が保持されています。

こちらは生後約4か月から、1日6〜8時間、週5日、5年間に渡って少人数保育を実施(最初は生徒と教師は3:1、のちに6:1の割合)。知能ゲームなどの幼児教育が実施されています。さらに、小学校入学後3年間も、教師が親と面談をし、家庭学習の続け方や、個々の家庭学習カリキュラムを教えています。

この結果から「ペリー就学前プロジェクト」と「アベセダリアン・プロジェクト」を比較し、子どものIQを上げるなら0歳からはじめ、5歳までに知能教育をすることが大事だ、と主張する人もいるようです。ですが、実施期間の長さが大きく違うので安易な比較は難しいようです。

「幼児教育」の重要性は? 幼児期の教育で将来は決まる?

ペリー幼稚園プログラムは、面白いと思った育児書や教育関連本に何度も参照されて気になっていました。ただし、結果の分析は詳しいのですが、ではどんな教育が幼児期に行われたのかの内容についてはバラつきが多く、詳しく知りたいと思い、調べてみることにしました。

例えば、「読み書きや歌のレッスンなどをした」とする書籍も何冊かありましたが、そうするとどうやって「非認知能力」が育ったのか?また、そもそも測定できない、比べにくい力の差をどう比較したのかなど、多くの疑問をクリアにしたかったこともあります。

ヘックマン教授は経済学者なので、「非認知能力」を育てる具体的な教育内容や方法などの中身に踏み込んだ研究は、現在、心理学者や教育学者が進めている途中だ、とする調査もあり、納得しました。

「幼児教育への投資が最も効果的」「生涯賃金は6歳までに決まる」などという見出しやイメージだけ受け止めると、「借金してでも早期英才教育にお金を方が良いのでは?」とすら感じてしまう人もいるかもしれません。

ですが、遺伝や環境で将来が決められてしまうのではなく、適切な介入と援助さえあれば、伸ばせる力があり、人生を向上できるという点に着目した方が良いようです。

今回の記事のために、多くの論文や書籍などを読みましたが、「社会的な関わりを大事にしながら、愛着形成や対話を重要視すること」、「親へ教育や意識の改善が大切」という点が印象に残りました。

参考にした論文・書籍などの資料

参考書籍
『幼児教育の経済学』ジェームス・J・ヘックマン(2015年、東洋経済新報社)
『「学力」の経済学』中室牧子(2015年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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この記事のライター

志田実恵
志田実恵

エディター/ライター。札幌出身。北海道教育大学卒業(美術工芸)。中高の美術教員免許所持。出版社でモバイル雑誌の編集を経て、様々な媒体で執筆活動後、2007年スペイン留学、2008〜2012年メキシコで旅行情報と日本文化を紹介する雑誌で編集長。帰国後は旅行ガイドブック等。2014年6月に娘を出産。現在は東京で子育てしながらメキシコ・バスクの料理本の編集のほか、食、世界の子育てなどをテーマにwebを中心に活動中です。