「シンガポールに比べれば日本の子どもはよくも悪くものんき」といわれるほど、シンガポールでは幼少期から熾烈な教育競争がはじまります。なぜそれほど競争が激化してしまうのか、どれほど厳しい競争社会なのか、その効果は出ているのかなど、現地の教育事情をご紹介します。
シンガポールの教育政策とは……
【シンガポールの教育政策】の柱は、大きく二つ。
1:初等教育からの英語と母国語による二言語主義
すべての生徒は、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことを義務化。授業は公用語の英語で行われ、英語教育に注力。一方で、シンガポールは華人系、マレー系、インド系その他複数民族で構成される多民族国家のため、マレー語、中国語等の母国語も同時に学んでいる。
2:試験の成績によってコースが決まる能力主義
初等学校卒業試験【PSLE:Primary School Leaving Examination】のスコアにより、各生徒が選択できる中等学校コースが決定。中等学校卒業時の試験、Junior College等卒業時の試験でも、以後の進路が決められる。
シンガポールの教育制度の歴史
言語教育の歴史を振り返ると、英国の植民地時代、当時英国は言語に関して押し付けることはしなかったため、各国の言語を使い、さまざまな民族独特の学校が作られていました。
独立以降は、第一言語は英語、第二言語は母国語の言語政策になりましたが、外国語である英語を第一言語と徹底するまでは難しい道のりだったようです。
近年では、将来の職業を考えた際に確実に有利となる英語を学ばせたいと考える親が増え、英語教育が推進されました。語学の授業だけでなく、算数や理科の授業も英語で行われているため、ほぼすべての子どもが英語を理解して使用するようになりました。
1980年に教育制度を統一。徹底した能力主義、子どもの能力に基づいて振り分けを行うストリーミングが導入されると同時に、初等教育6年間、中等教育4~5年間、高等教育2~3年間に定められました。
ただし、義務教育化されたのは2003年からで、他の先進国と比較して非常に遅く、義務教育も小学生のみです。それでも、多数のエリートを算出していることに驚きを覚えます。
シンガポール政府の方針
政府は経済競争力を高めるために、「国の成長には人的資源が重要」と考え、学校教育制度を整備し、エリート育成に力を入れてきました。それが近年の目覚ましい経済発展につながっているといわれています。
教育省が所管する算出予算は、全体の約20%を占めているということからも、その力の入れ方がうかがえますね。
また、国の立地を生かし、国際貿易をメインとして国家発展をしていくためには、国民の英語能力が不可欠と政府は考え、二言語主義を導入しました。
初等学校卒業試験とはどんなもの?
この試験の重要科目は、English、第二言語、数学、理科の4科目。試験の結果は、合格と不合格に判定されます。
合格者の中で特に成績優秀な生徒は、“エリート”に認定され【Expressコース】の中等学校へ進学できます。4年生の終わりに中等学校卒業時試験を受験し、Junior College(日本の高校)へ進学、大学受験への階段を上っていく道が開けます。
次のレベルである【Normalコース(普通)】は、中等学校卒業試験を受験できるのは5年後となりますが、成績が良ければ、かろうじて大学受験も可能です。
その次のレベルである【Normalコース(技術)】は、コンピュータ技術、ビジネススキル、小売業といった実践的な科目を履修するカリキュラムとなり、技術職への就職、高専といった進路にしか進めません。大学受験の道は、ほぼ途絶えます。
つまり、小学校卒業時点のスコアですでに大学・就職の進路が、ほぼ確定してしまうのです。
この試験には不合格もあり、その場合、小学校を留年して再度翌年に試験を受けるか、特別教育校へ進むしかありません。まだ幼い子どもたちにはかなり厳しい現実ですよね。
日本の小学校教育との違い
親がその小学校の卒業生であったり、学校に何度も訪問してボランティア活動をして貢献をしたりといった、内申点のようなものが優先順位に該当します。優先順位事項に該当しない子どもの場合、激しい倍率の一般抽選となり、入学はかなり厳しくなります。
抽選は学校からの家の距離順で行われるため、進学率の高い人気の小学校に入るために学校の近くに引越をする、母親が仕事を辞めてボランティア活動をするなど、親たちは苦心しているそうです。
シンガポールに住む外国人の多くは、子どもをインターナショナルスクールや日本人学校、インド人学校といった各国の教育機関へ進学させていますが、選択肢の一つとして、質の高い教育を受けさせるためにローカル小学校を目指す方もいます。しかし、上記の理由から日本人などの外国人にとっては、入学はかなり狭き門のようです。
入学して4年生までは、「基礎段階」と位置付けられ、読み書きといった基礎学力と問題解決能力の基礎を身に付ける時期となります。英語、母語、数学を重要視しつつも、理科、芸術、道徳、美術、社会、音楽等も学ぶ、バランスの取れたカリキュラムとなっています。
4年生の終わりに、学校が独自に定めたExaminationが行われ、児童に対して、能力、親の希望、学校の提案等により、次の学年5~6年生の「オリエンテーション段階」に向けた振り分けが行われます。
実際に学力は高いの?
2000年からスタートし、3年ごとに実施されている「国際学習到達度調査(PISA)」というものがあります。世界中の15歳の子どもを対象に【読解力】【数学的リテラシー】【科学的リテラシー】の三分野について、学力レベルを調査しています。
年々、順位を上げているシンガポール。72カ国、約54万人を対象に実施された2015年の結果では、全分野において平均得点で世界1位でした。
また、イギリスのタイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE) が発表しているアジア大学ランキング、3年連続1位を維持してきた東京大学が2016年のランキングでは7位に転落し、代わってシンガポール国立大学 (NUS) が1位になりました。
このように、激しい教育競争の成果は、着実に実際の数字に表れているようです。
研究紀要:国立教育政策研究所 National Institute for Educational Policy Research
Academic & University News | Times Higher Education (THE)
生涯の給与レベルも決まってしまう!?
さらには、就職後も学歴による収入格差が生じやすい傾向にあります。学歴と給与水準にはある程度の相関関係が存在し、収入の最下位20%と最上位20%の格差はなんと10倍ともいわれています。親としては子どもの将来のために、少しでも良い教育を受けさせたいと思い、教育競争が過熱してしまうのも仕方がないかもしれません。
小学校前教育は当たり前!
現行の教育制度では、この試験で少しでもよい成績を取ることが人生の選択肢を広げることにつながるので、シンガポールでの小学校前教育は当たり前のこと。
1歳を過ぎた頃から入園できるプレスクールでは、英語と中国語による多種多様なプログラムが用意されています。幼児クラスになると、外遊びはほぼなくなり、英語・中国語の読み書き、足し算・引き算、宇宙や人体などの科学をテーマにしたプログラムが増え、重要科目の4科目を学びはじめます。毎週のテストや、毎日宿題が出るほど。1つではなく、複数の塾に通わせている家庭も多いそうです。
シンガポールの高レベルの小学校前教育。それを目当てに他のアジア近隣諸国から親子で留学、移住してくる家族が増えているほど、世界中から注目されています。
教育先進国シンガポールの幼児教育がすごい!
家庭全体でバックアップ
それほど恵まれた状況にもかかわらず、子どもの激しい教育競争に勝ち残るため「教育に専念したい」という理由で、退職をしてしまうシンガポール女性が多いというのは、大変残念な話なように感じます。
多くの母親は、子どもが小学校に入学する前か小学校高学年になると仕事を辞めて、子どもの勉強の世話につきっきりに。子どもの塾や家庭教師代に、巨額の費用をかける家庭も珍しくありません。
英金融大手HSBCが発表した子どもの教育費の調査報告では、シンガポール市民が子どもの小学校入学から大学卒業までに費やす教育費は、平均7万939米ドル(世界平均の1.5倍超)、調査対象国地域中、3番目に高いことがわかりました。
産後4カ月で復職?シンガポールの働くママの強い味方とは
中等学校卒業後の進路先は?
中高一貫校
ITE
Junior College
ポリテクニック
詰め込み教育への警鐘も……
そのため、初等学校卒業試験の内容を、詰め込み式の内容から問題解決能力を問う内容に変えようとする動きもあるようです。また、体の基礎をつくり、体力をつけるべき幼少期に、外遊びをせず、詰め込み教育をすることへの警鐘も鳴らされています。
共通学力がなくても、美術、音楽、体育のような特別の才能がある子が、ふるい落とされてしまうということも問題であり、シンガポール政府は多様な能力の評価は現在の優秀さの物差しでは測れないという認識を持ち、検討を進めていくとのこと。シンガポールは、国の方針に高い柔軟性があるため、どのように制度が変わっていくか、今後の動向も参考にすべき点がありそうですね。
世界で戦える学力を身に付けたエリートの国。見習うことが多い教育先進国であることは間違いありません。ご興味のある方は、夏・冬休みなどを利用して、短期間でもローカルの幼稚園へ体験入学させることも可能ですよ。