2022年06月26日 公開
英語で教育を行う幼稚園

【中国教育事情】「ゆとり教育」導入で競争社会はどう変わった?

学歴・成績を特に重視する中国。2021年に導入された「ゆとり教育」が小学生親子に与えた影響について、現地子育て経験のあるママがご紹介します。

英語で教育を行う幼稚園

2020年まで、中国の広州に住んでいた小学1年生のママです。娘の幼稚園は、中国人が多いインターナショナル幼稚園。中国人ママの教育熱心さを肌で感じました。
中国では、学校の宿題に深夜まで親が付き合うことも珍しくありません。2021年夏、みかねた政府が「ゆとり教育」を導入。中国都市部の小学生親子の生活はどのように変わったのでしょうか。
現地の親子の反応と変化を現地子育て経験者の視点でレポートします。

日本とは比較にならないほど熾烈な中国の受験競争

多くの人口を抱える中国では、何事においても競争が当たり前の価値観となっています。それは、幼少期の学校や習い事選びから始まっています。

中国社会では学歴・成績がすべて

中国では学歴が非常に重要視されており、就職、結婚など人生を大きく左右します。
日本では「スポーツができる」「ユーモアがある」「絵が得意」など勉強以外の要素も尊重する雰囲気がありますが、中国は「ほぼ学歴と成績がすべて」と言えるでしょう。

そのため、幼稚園時代から宿題をこなし、日々、塾や習い事に通います。英語やプログラミングが人気で、英語で教育を行う幼稚園や小学校はどんどん増えています。
上海のインターナショナルスクールは、年間400~500万円かかるところも多いです。日本では一部の教育熱心な都心部でみられるこの現象も、上海・北京等日本でもよく知られる中国の大都市では一般的な考え方です。

習い事も、受験に有利だから?

習い事にしても「人より抜きんでて、受験に優位になる」「同じ点数なら、ピアノやバレエでも受賞経験のある子を選ぶはず」と、コンクールや検定に挑戦する人が多かったです。
「子どもの好きなことを楽しく」という日本人の私。「甘いよー。中国は本当に厳しい社会だよ。日本がうらやましい」と、ぼやく中国人ママ。私が中国に滞在した時、娘は年少・年中だったので、この言葉の重みがすぐにはわかりませんでした。

しかし2-3歳年上の中国の小学生達の毎日をのぞくと習い事や家庭教師の予定がつまっており、「中国の小学生は遊ぶ時間が無い」と言われるのも嘘ではないと悟りました。
もちろん、教育費用はうなぎのぼり。親の経済力と覚悟が問われます。

別室からモニターでバレエレッスンを見守る保護者達

中国の小学生親子を悩ませる、勉強のプレッシャー

2021年以前、都市部の小中学生が宿題に費やす時間は、1日平均2.82時間でした(注1)。中国の小学校は低学年でも7時限、下校時間は15時半以降。就寝時間は深夜になりがちでした。対して日本の小学校低学年の子ども達は14時半頃下校し、宿題所要時間は30分程度です。

子どもが宿題を忘れたり、成績が悪いのは、親の責任だと考えられています。そのため、親は必死で勉強に付き合います。中国人ママに聞くと、勉強が原因で親子関係が悪化する家庭も多いそう。

近年は、親の期待やプレッシャーに耐えられず、自殺する子どもの増加が大きな社会問題になりました。

また、保護者達も「政府は2人目出産を推奨するけど、経済的にも精神的にもそんな余裕はない」と悩みはつきませんでした。

突然の「ゆとり教育」導入

この状況を打開すべく、2021年7月、中国政府は「宿題の禁止・制限」「塾の原則禁止」を求める「ゆとり教育(双減政策)」の通達を出し、9月から実施しました。

中国版「ゆとり教育」とは?

主な内容は以下です(注2)。宿題の制限、塾の実質的閉鎖が二本の柱といえます。

(1)学内
・宿題については、小学1・2年生の宿題禁止、小学生3〜6年生の宿題は平均60分以内、中学生の宿題は平均90分以内
・保護者の宿題チェック作業や指導などを禁止。
・就寝時間を厳守。家事やスポーツ、読書などを奨励。
・放課後の教育サービスの充実(学校の教師が、自習サポート・解説などを行う)。

(2)学外
・学生向け学習塾の新規開設を停止。
・既存の学習塾は、非営利団体として再登記。営利目的の学習塾は閉鎖
・週末や祝日、夏・冬休みに、塾などの教育サービスを提供してはいけない。
・就学前の児童に対する学習類(外国語も含む)の塾も禁止。

学習塾は軒並み閉鎖に追い込まれ、多数の失業者が出ましたが、補償はありません。「前払いした塾の費用が返ってこない」と嘆く保護者達も。

中国版「ゆとり教育」導入の背景は、少子化

日本の「ゆとり教育」は「詰め込み教育を改め、自分で考える力を育むこと」を目指しましたが、中国の場合は異なります。コマ数を減らす、教科内容見直し、時代にあわせて必要な力を養うカリキュラムにする、などの抜本的な改革は含まれていません。

中国では、2014年に一人っ子政策が廃止されましたが、その後も思うように子どもの数は増えませんでした。少子高齢化が急激に進み、労働力不足が懸念されるため、政府はどうしても出生率を上げたいのです。高騰する教育費用を抑え、保護者の負担を減らせば、出産数が増えるはず…、というのが政府の思惑でしょう。

中国国家統計局によると、2021年の出生数は1062万人。公式統計に基づくと、1950年以来最少となりました(注3)。「ゆとり教育」導入後の出生率はまだ発表されていませんが、結果が気になります。

中国版「ゆとり教育」で何が変わったか

「ゆとり教育」のおかげで子ども達は勉強のプレッシャーから解放され、親も多大な教育費負担がなくなり大喜び…と一筋縄ではいかないようです。

学習塾通いは減ったが、他の習い事が増えた

町なかの習い事教室

確かに学校の宿題が減り、英語・国語・算数の3科目の塾は非営利化によりほとんどが閉鎖されました。子ども達の勉強の負担は軽減され、自由時間は増えました。
しかし、芸術、ピアノ、音楽、スポーツなどは制限されていません。その結果、学習以外の習い事に通う子どもが増えているそうです。

下校時間は以前より遅くなった

さらに、今までよりも下校時間は遅くなりました。塾ではなく、学内での放課後学習時間が増えたためです。

これは、塾を原則禁止したからですが、親の負担を減らす意味あいもあります。実は、中国はひと昔前の日本のような「過労」社会。朝9時から夜9時までの週6日労働の「996工作制(労働制度)」が問題視されています。今までは勤務時間中に子どもを学校まで迎えに行き、塾に送り届ける保護者が多くいました。現在は、親の終業時間にあわせて、17時半下校となりました。

中国には、学童クラブや部活がほとんどないため、放課後を勉強に充てるしかないようです。うーん、小学生が朝8時~夕方17時半まで勉強するのは相当疲れると思うのですが…。

中国の子どもの生活について少し補足します。中国の小学生の長時間勉強を支えるのは、昼寝です。中国では、子どもから大人(国営企業では昼寝時間がある)まで昼寝を重視します。小学生も、一度帰宅して昼食をとり昼寝をしてからまた学校に戻ります。これで午後からの授業に備えるというわけです。

昼寝するので、就寝時間が遅くなっても仕方がない、と考えられます。概して、中国の子ども達は日本の同年代の子ども達より遅寝で、「日本人の子どもは夜8時に寝るの?!」と、よく驚かれました。

工夫をこらして、闇営業を続ける塾も

水面下で営業を続ける塾もあります。「国語」では営業不可なので、「スピーチ技術」として国語を教える、など工夫をこらしています。
カフェとして「飲み物1杯を、授業料として数千円で購入」という形式で授業を行うところもあるそうです。

各家庭の教育費は上昇?

オンライン学習する子ども

表面上は、教育費など親の負担を減らしているようにみえても、実際は「今まで以上に教育費がかかる」とぼやく人達もいます。
「ゆとり教育」導入前から、学校の人気教師を家庭教師として高額で雇う家庭はありました。

教育改革後、教師は学外での兼職は禁止。このことにより、現場の教師の負担が著しく増えました。
放課後の学内での学習サポートに、週5日、1日最低2時間を充てることが義務付けられたからです。
「ゆとり教育」導入前からオンライン学習が浸透している中国都市部での状況をご紹介します。

これまでのオンライン学習は、数人~数十人のグループでの授業を行う学習塾が多かったのですが、ほとんどが閉鎖。そこで、オンライン個人授業をお願いする家庭もあるとか。当然、1:1形式のほうが授業料は高くなります。

もちろん個別指導も塾同僚、表向きは不可ですが水面下で行う人達もいるそうです。

政府が学校の宿題や塾を制限しても、お金を払えばその分を補えるのです。家庭教師や個人指導が主な学外学習方法だという状況では、以前より教育費が上昇するケースもあるでしょう。

教育格差がよりいっそう広がる可能性も

家庭教師を雇える家庭が、圧倒的に有利」「お金持ちと一般家庭の差が、ますます広がる」と、ある中国人ママ友は愚痴をこぼします。

「子どもの自由時間が増えてよかったという保護者もいることはいるけど、本当は皆どう思っているのか分からない。半数以上の親は不満を持っているはず。だって、みんな密かに勉強させているし、受験戦争の実態は変わらないのだから」と続けます。

学歴が人生を決めるという社会、現在の大学入試の仕組み・評価システムのままでは、成績や勉強以外に重きを置くのは難しいでしょう。一部の裕福な家庭が、家庭教師を雇い、大学入試に有利な学習を続ける…。
経済格差が、よりいっそう教育格差につながりそうです。

中国政府は今回の政策実施から、3年程度の時間をかけて結果を出すつもりです。競争社会、学歴重視の価値観は変わるのか、出生率は上がるのか、など注意深く見守りたいです。

子どもの幸せ、子どもへの愛情について考えさせられた

英語で教育を行う幼稚園の年中クラス。難しい単語が並ぶ

学年が進み、受験が近づく高校生になると、勉強へのプレッシャーは一段と強まります。勉強のために寮生活を行う高校生も少なくありません。
なお、中国の中学校・高校では「恋愛禁止」が一般的です。もしばれると、双方の親が学校に呼び出され、始末書や誓約書を書かなければなりません。最悪の場合、退学処分になります。

いくらなんでも、恋愛禁止はやりすぎな気がしますが、今回のように一律に塾が閉鎖されるというのも不便です。もっと幸せのかたちはたくさんあって、多様な価値観や個性を大切に、と私などは考えてしまいます。しかし、中国の社会・政治の仕組みや歴史に鑑みると仕方ないのかもしれません。

「熾烈な競争社会で生き抜くためには、遊びを我慢し、勉強に集中しなければならない。それが本人の幸せにつながるのだから」。
これが、私が接した中国人ママからよく聞く言葉です。厳しいように見えますが、子どもの幸せを心から願う気持ちは、私達と同じです。

(注1):週刊ダイヤモンド「橘玲×ZaiONLINE(2019年)」記事
(注2):中華人民共和国中央人民政府ウェブサイト
(注3):Bloomberg News(2022年1月17日)記事

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この記事のライター

岡本聡子
岡本聡子

ライター・経営学修士・防災士。戦略系経営コンサルティング会社を経て、上海にMBA(経営学修士)留学。その経験をもとに『中国のビジネスリーダーの価値観を探る』(『上海のMBAで出会った中国の若きエリートたちの素顔』を加筆・改題)を株式会社アルクより出版。2018~2020年広州在住。小学1年生の母。分析・事業開発支援、NPO運営なども行う。facebook.com/okamotosatokochina