暗算力は筆算や珠算に頼らず、頭の中で計算する力。数を理解して、計算する能力「計算力」の一部です。
数の概念を理解し、繰り上がり、繰り下がり、かけ算(九九)とわり算を暗算で正しく計算できることは、小学校の中学年以降の算数の理解を助けます。
文章題を解くことが増え、計算が複雑になってくると、細かく筆算をして計算をしていると時間がなくなってきます。ある程度、暗算をした上で、解答に近づく目安を立てたり、整理した式を書いたりすることで、計算ミスが減り、短い時間で正答を導き出せます。
「自然と算数が得意な子になる方法」算数のセンスは遊びで育つ!
中学受験も受験後も暗算力は必須
筆者の娘は中学受験を経て、現在私立中高一貫校に通っています。受験の時はもちろん、入学後も実感したのが暗算力の重要性でした。入試問題の複雑な計算問題は、式を見たら、すぐに暗算して「効率よく計算できる工夫」を探さなくてはなりません。
「分配法則ができるか?」
「積がキリの良い数になる分け方がないか?」
など、数字を計算しやすく整理することが、速く正確に解くカギとなります。
また、割合の表し方、食塩水の問題、流水算等の文章題も、頭の中でイメージしながら、数値を公式に当てはめ、暗算しながら式を整理しなくては、到底時間が足りません。
中学校の幾何、代数で必要な「求められているものを記号化して、式を整理する力」は、暗算力も大いに関係します。計算を速く正確にできることで、余裕を持って講義を聞くことができます。
科学、物理でも速さ、密度の計算をすることが多いです。小数点や桁数の多い場合も、大まかな数値の予想をつける暗算をすることで、問題を速く解く助けになります。
また定期テストは小学校よりも、量が多く、難易度は高くなります。幾何、代数、科学、物理(場合によっては家庭科や音楽でも)のテストは、暗算をした上で式を組み立てないと、時間が足りなくなります。
10歳までの計算トレーニングで暗算力を高める
2015年に行われた早稲田大学・村田昇理工学術院教授と、珠算・暗算有段者を多く輩出する計算塾「けいさんぎのう柏の葉」の指導者、堀内祥加氏との対談の中で、子どもの計算能力の発達について、興味深い発言がありました。
コンピュータにおいては、クロック(注2)の値が高いものほど処理速度が優れています。一方、人の脳におけるクロックは神経細胞が1秒に出すことができるパルス(注3)の頻度に相当すると考えられますが、これは細胞内外を出入りするイオンのスピードで決まるため、計算が速い人も遅い人も違いはないことが知られています。
※注2 コンピュータ内部の各回路間で処理の同期を取るためのテンポのこと。
※注3 電荷を帯びた原子
堀内: なるほど。私は4歳からそろばんを始めたのですが、訓練を始める年齢も影響するのでしょうか?
村田:一般的には、連合野は5歳くらいをピークに、10歳くらいまで大きく発達するといわれています。
出典:早稲田ウィークリー『驚異的な計算能力を持つ そろばんの達人の頭脳』2015年
脳の細胞レベルで見れば「計算が速い人も遅い人も違いはない。」ということと、「計算を司る大脳新皮質の連合野の発達は5歳くらいがピークで、10歳くらいまで大きく発達する。」ということは、子育て中の親御さんとって心強い情報ではないでしょうか。
堀内氏は、4歳からそろばんを習い始め、全日本珠算選手権大会の読上暗算競技で何度も優勝してきた「そろばん日本一」の称号を持っています。なんと19桁の暗算ができるそうです。
暗算力が高い=ワーキングメモリも高い
繰り上がり・繰り下がり、四則演算の規則を頭に入れ、数字を覚えながら計算する暗記は、ワーキングメモリを鍛えます。
ワーキングメモリとは、短時間の間、情報を記憶し、それを利用して作業を行う能力(脳の機能)です。
ワーキングメモリが高い子は、情報の取捨選択が速く、的確です。算数であれば、九九、四則演算の法則、面積・体積の公式などを、基本問題で学習すれば、応用問題は自力で解けてしまいます。
社会脳科学、ワーキングメモリを専門とする京都大学名誉教授、苧阪 直行氏の論文『前頭前野とワーキングメモリ』2012年では、暗算は「情報の一時的保持と並行的な処理」を行うとし、暗算で答えを出す過程で、ワーキングメモリが活用されているとしています。
ワーキングメモリが必要とされる情報の処理は 日常生活のどこにでも見られる。具体的な例をあげてみると,会話や暗算においては,会話の目標は理解であり,暗算の目標は正しい答えを得ることである。これらの課題に共通しているのは,情報の一時的保持と並行的な処理である。会話の場合は相手の話の内容をしばらく保持し,そこに含まれる情報を理解する認知処理を行う必要があり, 暗算の場合は桁に繰り上がりがあれば,その情報を一時的に保持し並行して計算という処理を進める必要がある。保持した情報を生かして処理に使うことができ,逆に処理した情報を有効に保持することができれば,ワーキングメモリはその役割を果たしているといってよいであろう。
出典:苧阪 直行『前頭前野とワーキングメモリ』2012年,P9
暗算力をトレーニングは他の能力も高める
簡単な暗算をするだけで、脳の広範囲が活性化されます。15-2,35-8のような小学1年生レベルの計算でも、脳の後頭葉、左頭頂葉、前頭葉を使っています。
二桁、三桁の暗算ができなくてもOK!お子さまのレベルに合わせた問題で、暗算することが脳トレになります。
頭頂葉・・・五感の認識、さまざまな動作、計算に関わる部位。
前頭葉・・・思考や感情をコントロールしています。記憶や情報処理に関わっています。
五感・空間認識力・思考力・計算力・記憶力を司る部位を鍛える、暗算練習は効率的な脳トレですね!
医学者(生理学・神経科学)伊藤正男氏の論文『思考の脳機能』1992年では、単純な暗算でも短期記憶(ワーキングメモリ)が活用され、大脳の15ヵ所で血流増加が起きていることが述べられています。
暗算は思考の最も単純な例である。
思考は,記憶,特に短期記憶の機構の支持が必要である。
50から3を次々と引く暗算を続けるとき大 脳の15の小領域で血流量の増加が起こることを Roland and Friberg(1985)が示している。
出典:伊藤正男『思考の脳機能』,P1-P3,1992年
まずは計算練習!面倒な”書く”学習で暗記力を育もう
暗記トレーニングに取り組む前に、筆算を含む、式を書く計算練習が必要です。
途中式を書きながら、計算することは「地味で面倒な勉強」かもしれません。
しかしこの計算過程を整理しながら書くことが、計算力を養い、暗記力を培っていきます。
「電車がトンネルを通過する際の速さ・距離・電車の長さを求める問題」や、「積み重ねた立体を、さまざまな方向から見て形を把握する問題」など、思考力も問われる応用問題に比べると、計算練習にやる気が出ない子もいるでしょう。
脳科学研究の第一人者、東北大学 川島 隆太教授が2019年に産業能率大学 総合研究所から受けたインタビューで以下のように述べ、「面倒な学習ほど脳がよく働く」と提言しています。
学習のしかたによって脳の働き方はまったく異なります。では、私たちの脳がどうすればよく働くかというと、原則は非常に単純です。「より面倒で厄介な方法」のほうが、脳はよく働くのです。
出典:産業能率大学 総合研究所『東北大学 川島隆太教授 インタビュー「読む&書く」からこそ学びは深くなる
』,2019年
計算練習は毎日、短時間で
計算ドリルを1時間以上かけて、何ページも取り組むのは集中力が途切れて、学習効率が悪いです。
小学校低学年までの子どもの集中力持続時間は10分(年齢+1分)程度。計算練習をさせるなら1回、15分以内にしましょう。
プリントやドリルの量を決めて、時間を測って取り組むと集中しやすいです。
少しずつ毎日取り組むことが計算力を伸ばします。
非認知能力を養う暗算力トレーニング
自分の気分に関係なく、毎日、計算問題に取り組むことは、自ら目標を立て、それに向かって努力する姿勢や、面倒なこと・苦手なことも諦めず、やり抜く力を育てます。
こういった学力テストでは測れない非認知能力を育てていくことで、知的好奇心や学習意欲が高まり、全教科の成績アップにつながります。
「失敗しても諦めずに続ける粘り強さ(Resilience)」
「自ら目標を定めて取り組む自発性(Initiative)」
「最後までやり抜く執念(Tenacity)」
参考資料:高濱正伸『なぞとき×算数脳』中央公論新社,2022年
暗算力を身につけられる!おすすめ6教材
暗算力の基礎を作る5分間計算ドリル、暗算スピードが格段に上がる「おみやげ算」解説本、暗算力を遊びながら鍛えるゲームなど、手を動かしながら楽しく暗算トレーニングができる教材のご紹介です。
親子で競争したり、自分で制限時間を設けたりして、遊びの要素を暗算トレーニングに加えても良いでしょう。目標意識を持ち、それを達成することが自己肯定感を高めます。
「ドリルを1ページ何分で解けるか?」
「パパと競争して百ます計算を行う。」
など、楽しみながら取り組みます。お子さまの自己ベストが出たら、親御さんも一緒に喜んであげましょう。
計算 (早ね早おき朝5分ドリル)
タイトル:計算 (早ね早おき朝5分ドリル)
著者:学研プラス (編集), 陰山英男 (監修)
出版社:学研プラス
集中して速く計算する訓練ができるドリル。小1~小6の学年別です。
1回5分で終えるので朝勉強やすきま時間に取り組むのにおすすめ。お子さまの学習ペースに合わせて、「1回1ページ以上取り組む」、「学年を超えて取り組む」ことも可能です。例題があるので、上の学年の問題にも挑戦しやすいです。
睡眠時間や勉強時間を記録する「生活チェック」と達成シール付きで、モチベーションアップ!
小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本
タイトル:小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本
著者:小杉拓也 (著)
出版社:ダイヤモンド社
18×17を「おみやげ算」を使って暗算しよう!
東大卒、プロ算数講師 小杉拓也氏が、暗算力を鍛える「おみやげ算」を分かりやすく解説。
分配法則についても丁寧に説明があるので、2桁×1桁と19×19までの計算がスムーズに暗算できるようになります。
速さと正確さが求められる受験算数にも役立ちます。
<教育技術MOOK>陰山メソッド 徹底反復「百ます計算」
タイトル:<教育技術MOOK>陰山メソッド 徹底反復「百ます計算」
著者:小杉拓也 (著)
出版社:ダイヤモンド社
忍耐力、集中力を高める百ます計算。授業や宿題に取り入れている小学校が多いですね。計算の反復練習で学習処理能力を高める「陰山メソッド」を毎日の家庭学習に取り入れることで、算数以外の学習効率もアップ!
毎日同じ問題を2週間続けるシンプルな学習法。たし算、ひき算、かけ算、わり算の各プリント2週間分(14枚)です。
算数ゲーム サメに気をつけて! はじめての暗算ゲーム
商品名:算数ゲーム サメに気をつけて! はじめての暗算ゲーム
メーカー名:長友先生のワールドセレクション
対象年齢は6歳~9歳。たし算・ひき算・かけ算の暗算力がつく「めくってドキドキ」瞬間計算ゲームです。
カードをめくって10になる組み合わせを見つけます。より多くの組み合わせを見つけた人の勝ち。しかし途中でサメカードが出たらそれまでのカードは没収となります。習熟度に合わせて、2桁の計算やかけ算のゲームにレベルアップして遊びましょう。
カードゲームで遊ぶ感覚で、繰り返し暗算トレーニングができるので、計算練習が嫌いなお子さまにもおすすめ。
ベーステン キューブ ロッド フラット
商品名:ベーステン キューブ ロッド フラット
メーカー名:ラーニング リソーシズ(Learning Resources)
見て、触れてピースを動かしながら、たし算・ひき算・かけ算・わり算の考え方をマスター。繰り上がり、繰り下がりも視覚で確認することで、どんな問題でもイメージできるようになり、暗算がしやすくなります。
自分で形を作って確認できるので、面積や体積の概念の理解も速いです。
ユニット( 1㎝角の立方体)が100ピース 、ロッド (1㎝角の立方体を10個つなげた棒状のパーツ)が20ピース、フラット(ユニット10×10個つなげたパーツ)が1ピース入っています。
暗算の成功体験が勉強を好きにさせる
家庭学習で取り組む、計算ドリル、暗算プリントなどは難易度をあまり上げ過ぎないようにしましょう。教材に書かれている制限時間を超えてしまうようであれば、少しレベルを下げても良いですね。制限時間内に解き終わり、全問正解(高得点)することで達成感と自己肯定感を感じることができます。
毎日、暗算トレーニングを続け「成功体験」を積み重ねることで、他の教科の勉強にも意欲が出てきます。
小学校中学年くらいまでは、計算ができれば算数で高得点が狙えます。できるだけ早い時期から暗算力を高めておくことで、より長い期間、学校のテストでの成功体験を積むことができます。
ネガティブな声がけNG!取り組めたことを褒めよう
地道な計算練習の大きなモチベーションは、親御さんが認めて褒めることです。年齢が低いほど効果的。
「昨日より、10秒早くドリルが終わってる!頑張ったね。」
「繰り下がりのひき算の間違いが減ってきたね!」
など、日々の成長を気づき、言葉にして伝えましょう。
一方避けたいのは、他の子と比較すること。
「お兄ちゃんはこのドリル、1日5ページできてたよ。」
「○○くんは百ます計算、55秒だって。もっと頑張れるんじゃない。」
などのネガティブな声がけによって、前向きに取り組む意欲がなくなり、自己肯定感も低くなります。
他者との比較はやめ、「個人比」での頑張りや伸びを認めることが、暗算トレーニングの効率も高めます。