子どもが大人から指示された具体的なものを描くのではなく、身体表現も交えながら、アートで自分の気持ちを表現する重要性をご存知ですか? その重要性や子どもの創造力を伸ばす方法について、メキシコで子ども向けアート教室を主宰する谷里美さんに話をうかがいました。
子どもと抽象表現
しかし「今から聴く音楽を色で表して、絵にしてみてください」というような、大人なら何を描いていいのか…ひるんでしまうような抽象的なお題も、子どもにとっては決して難しいことではないといわれるほど、子どもの創造力は無限大です。それをおさえこんでしまってはもったいない。
そこで子どもの創造力を伸ばす方法、そしてそれを邪魔してしまうものなど、アート表現について気になるテーマを、メキシコで子ども向けアート教室を主宰する谷里美さんに聞いてみました。
子どものアート活動、親はどのように応援すればいい?
谷さん: 大人も見ているだけでなく、子どもの隣で表現活動をしてみるといいでしょう。そのときは「大人だから見本となるような表現をしなくては」というのではなく、お互いが触発されながら楽しむことに集中してください。子どもの世界観に寄り添う、という気持ちでしょうか。
それから、子どもが表現したものについて、子どもから話をさせてあげるような流れを作ってみてください。
反対に、親からの感想を伝えるときは「お母さんはこう思うよ」と自分を主語にした言い方をしてあげることが大事です。これは「他人からどう評価されるか」、子どもが気にすることを防ぐ意味合いがあります。
日常生活でも適切な境界線を作ってあげる
谷さん:おうちで壁やテレビ画面に絵を描かないといったルールがあるのは、仕方がないとは思います。でも、「あれもだめ!これもだめ!」では、子どもが自分の気持ちを発散する場が制限されてしまいます。
大きなキャンバスに思いっきりに絵を描く、紙をひたすら破る、粘土をこねたりつぶしたり棒でたくさん穴をあけたりすることは、本来とても気持ちのいいことです。ですから、その衝動を抑制するだけでなく、適切な場を作って解放してあげることが大切だと思います。
「ここには絵を描いてもいいけど、ここはだめだよ」とか、「これは思いっきりつぶしたり叩いたり穴をあけても大丈夫だけど、これはだめだよ」という風に、適切な境界線を教えてあげることが大切でしょう。
今回のグループペインティングでも、子どもたちは最初、巨大な真っ白な紙を前にして、本当に絵の具でこの真っ白な紙に色を付けてもいいのか不安がよぎったのだと思います。でも一度スポンジローラーでコロコロと色付けを始めると、もう誰にも止められないくらい勢いがついてきます。
あの色も使ってみたい、あっちにも描いてみたい、手で絵の具を塗り広げたいなど、どんどん自然な欲求が湧き出し、子どもたちの目はキラキラ輝いてきます。
グループペインティングで、子どもたちは一人一人の世界に入っているようでいて、実は社会性も学んでいます。
自分の絵のスペース確保と人の絵のスペースを侵害しないこと、逆に人のスペースと自分のスペースが合わさったらどんな絵ができるのかなど。また人との距離の取り方、例えば使いたい色が空くまで我慢して待つ、自分だけ早く終わりすぎないように他の子とペースを合わせるなどです。
そして、何よりも他の子が楽しんでいることに刺激されて、創作意欲が刺激されます。
日本の子どもはていねいな表現が得意? 日本とメキシコの違い
谷さん:特に工作を作るときに感じたのですが、日本の子どもは先生の話をよく聞いて、忠実にていねいに作ろうとする傾向がありました。テーマや作り方といった「枠組み」がある方が、自由に安心して表現できるようです。
一方、メキシコの子どもはというと、身体的表現力が優れている子が多いでしょうか。その意味で、絵なども自由度が高いというか、かなりのびのびとした表現をする子が多かった気がします。
日本人は「何でも描いていいよ」と言われると、戸惑いを見せ、他の子が何を描いているか様子を見たりしますが、メキシコ人は周りを気にせず、嬉々として自分が作りたい物に没頭する子が多いように感じます。枠組みのあるアートが少し苦手な子が多いようで、表現するときについ枠を超えてしまうことも。
でも、どれもあくまで「傾向」であって、すべての子には当てはまらないと思います。国籍よりも個性が断然勝ってますし、国籍にかかわらず、どの子もみんな表現大好き!の気持ちは共通していました。
表現方法の統合と、そこから生まれる満足感
谷さん:もともとすべての表現方法は根底ではつながっているためです。
「表現したい欲求」という一つの塊があるとすれば、そこからいろいろな形で派生したのが、絵、立体造形、ダンス、音楽、ドラマ、詩などであると考えます。これらをバラバラに表現するよりも統合していくことで、より表現できた満足感を得ることができます。
もともとすべてはつながっているので、音楽に乗りダンスしながら絵を描く、描いた絵についての詩を書く、絵からイメージされる音を付けてみる、などなど。できることは無限にあります。
キッズヨガは、いわばペインティングをするにあたっての準備体操。体から表現のエネルギーをあふれさせて、そのエネルギーをそのままペインティングにぶつけてもらおうというのが、身体表現を取り入れている理由なんです。
--「すべての表現方法は根底でつながっている」興味深いお話です。親である私たちも「子どもの創造力を伸ばすためにはこんなアート活動を!」などと一元的な考え方をしない方がいいのかもしれないですね。
谷さん:どんな人でも「自分の気持ちを表現したい!」という自然な欲求を持っています。そしてありがたいことに、すべての人はクリエイティビティを持ち合わせて生まれてきます。
太古の昔から壁画、踊り、音楽などを通して、自分の心にあるものを表現するのがとても気持ちのいいことだと人は本能的に知っていました。
ところが現代では、学校や親からこういう風に表現すべきと教えられ、他の人と自分の表現を比べてしまったりする中で、自分は絵が上手じゃないとか、ダンスするなんて恥ずかしい、失敗したらいやだと思うようになり、表現する喜びを失いつつある人が多いのではないでしょうか。
「言葉で自分の気持ちが表現できればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、言葉はコミュニケーションのわずか7%。残りの93%は、言葉以外の手段によって構成されています。この93%を有効活用しないのはもったいないですよね。
大人も子どもと一緒に表現活動をすることで、再び彼らのような生き生きとした豊かな心とつながることができるのではないでしょうか。そのときは、お互い「モノを作る」プロセスを楽しんでみてくださいね。
子どもの作品は宝物。飾ることで子どもの自己肯定感も
谷さん:アートを教えているというよりは、彼の自主性を大切にしています。
アート教室で使う材料を入れている引き出しは開放しているので、子どもが何か作りたいと思ったら、勝手に引き出しを開けて、そのときの気分で好きな材料や道具を取り出し、自分で何かを作りはじめます。
私は彼に便乗して一緒に何かを作ることもありますし、見守りながらお話を聞くだけのときも。私では思いつかないような組み合わせを考え出すこともあり、いつもびっくりさせられます。
そうそう!子どもが作った作品は、しばらく目に触れるところに飾っておいてあげてください。自分の表現が大切にされているという感覚は、子どもにとってとても大事ですよ。
--確かに、最初のうちは大事にファイリングしておいたり一緒に見ていた保育園でのぬりえやお絵かきも、気がついたら放っておくようになっていました。
今日お話をうかがって、娘の持つ「創造力」を前に、親である私の心構え、そしてコミュニケーションの見直すべき点が見えたように思います。ありがとうございました。
ボストンのレズリー大学院で「表現アートセラピー」で修士号を取得。2012年よりメキシコシティで「アート教室」を開講。