2022年08月05日 公開

地頭力を高める直観教授法とは?「近代教育の父」ペスタロッチの教育思想

近代教育の父「ペスタロッチ」が行った直観教授について、彼の功績、著書と共にご紹介します。日本の学校教育の基礎ともなった直観教授には、メリットもたくさんあります。ぜひ日常生活の育児や教育にも取り入れてみませんか?

近代教育の父と言われるペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi(ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ) 1746年1月12日 – 1827年2月17日)。
日本の小学校教育の礎である「直観教授(実物教授)」を提唱したスイスの教育実践家です。

直観教授は、実際のものに触れたり、見ることによって五感を使って学ぶ指導法です。言語、文字を使った座学だけではなく、模型、絵、標本、知育教材などを使った直接経験で学習していきます。

保育士試験で頻出するペスタロッチの著書『隠者の夕暮れ 1780年』には、「貧富の差に関わらず、すべての子どもは教育の対象である」とした彼の教育思想が現れた言葉が多く書かれています。
以下一部抜粋いたします。

人間、玉座に坐っている人も、あばら家に住んでいる人も、同じであるといわれるときの人間、つまり人間の本質、それはいったい何であろうか。

高い地位にある側の者に純なる人間性が欠けていたら、彼は黒い雲に包まれるにちがいないし、一方で賤しいあばら家にあっても、教育された人間性、純で、気高く、そして安心立命の境地にある人間の偉大さは光彩を放つものである。

引用文献:ペスタロッチ、ナトルプ著,梅根 悟、篠原 陽二(1973)『世界教育学名著選13』明治図書出版

「人間が人間らしく生きる知識を身につけることは、富めるもの、貧しいものどちらにも必要である」という理念は、厳格な身分制度が敷かれていた18世紀には革新的なものでした。

近代教育の父「ペスタロッチ」の原点

1746年にスイスのチューリッヒで誕生したペスタロッチは1827年に生涯を終えるまで、その人生の大半を「貧困家庭の子どもや孤児のための初等教育の発展」に尽力しました。
ペスタロッチが生涯を通して取り組んだことは「どんな子どもも等しく教育を受けられる環境作り」
彼の教育思想の原点は、幼少期に目の当たりにした「貧富の差から生じた教育格差」でした。

祖父アンドレアスから学んだ「無私無欲」

外科医の父親を5歳で亡くしたペスタロッチ。残された母親、兄、妹、ペスタロッチは年金生活者となり、貧しい生活を送っていました。

ペスタロッチの父親代わりとなったのは、牧師である祖父アンドレアスでした。チューリッヒ近くのヘンク村で活動している祖父を慕って、幼いペスタロッチは村を頻繁に訪れていました。

ヘンク村の子ども達は、学校に行かず働いていました。裕福なチューリッヒでは子どもは皆、学校に通っていたのでペスタロッチは大変驚きます。

そして祖父が訪れる信者の家庭は貧困や病気で、生活苦にあえいでいました。子どもを学ばせる余裕はなく、労働力にせざるを得ない状況でした。
自分と同じ子どもでありながら、学ぶ余裕のない厳しい生活を送るヘンク村の子ども達。

祖父はヘンク村の住民たちに寄り添い、食べ物や薬を無償提供し続けました。自分の食事をも分け与える無私無欲の施しに、ペスタロッチは感銘を受けます。
祖父の背中を見て育ったペスタロッチに「恵まれない人々を救いたい」強い気持が芽生えるのでした。

ペスタロッチの功績

幼少期に祖父アンドレア、大学時代にフランスの哲学者ルソー(社会契約論でおなじみの)から影響を受けたペスタロッチ。封建的な思想から脱却し、すべての子どもを対象とした人間教育(=家庭教育、信仰に基づく人格形成を含む学び)を模索し続けました。
特に貧困層の子ども達への教育に重きを置いていました。教育を受けることで、知識や能力を育み、彼らが貧困から抜け出せるようにしたかったのです。

1771年 ノイホーフ農場経営

1771年、貧しい農民を救うためアールガウ州ビル村にノイホーフと呼ばれる農園を作り農場経営を行いました。
現在のノイホーフは障害を持つ若者の教育・職業訓練施設となっています。

1798年 孤児たちへの教育支援

1798年、フランス革命の影響で起きたスイス革命により、建国されたヘルヴェティア共和国( 1798年~1803年に存在したスイスの共和国。ナポレオン1世の侵入によって建国された。)の教育の整備に従事。
フランス軍の攻撃で壊滅的な被害を受けた地域の孤児院で、教育実践を行いました。

1800年~1803年 子どもの個性、能力に合わせた初等教育を実践。直感教授(メトーデ)が教育界を席巻した

1800年~1803年、ブルクドルクで小学校教諭として家庭環境の違う子どもたちの指導を行いました。現代では当たり前となっている「子どもの能力に応じた教材を作成し、それを用いた指導」を初等教育で実践、その成果がブルクドルクの教育委員会に認められました。

また1801年に刊行された著書「ゲルトルート児童教育法」で新教授法「直感教授=メトーデ」が教育界で高く評価されるように。

1804年 イヴェルドン学園 を開校

教員育成、初等教育の充実のためにヴォ―州イヴェルドンにイヴェルドン学園 を開校。1806年には女子学校を併設しました。
内部分裂、ペスタロッチの教育思想に反発する外部勢力からの圧力などにより1825年にペスタロッチはイヴェルドン学園を去ります。

1813年 聾唖学校を設立

これはスイス初の聾唖学校となります。

1818年 貧民学校を設立

自分の年金をすべてつぎ込みイベルドン近郊の村、クランディに貧民学校を設立しました。

ペスタロッチの主な著書

著署名 内容紹介
『隠者の夕暮』 1780
保健士試験で頻出する作品。
人を人たらしめるものは深い信仰と正しい親子関係に基づく教育であることを訴えている。この教育は貧富に関わらず受けるべきものだとしている。
『リーンハルトとゲルトルート』 1781 - 1787
教育小説。石工リーンハルトと、その賢き妻ゲルトルートの物語です。貧しさの中、子ども達に紡績、農業、国語、算数などを教え続けるゲルトルートは、やがて村の有力者の心を動かします。「貧しきものを救うのは教育である。」「教育の原点は家庭から」という主題が、当時の社会から大絶賛された。
『探求』1797
人間は以下の3つの状態に分けられるとして仮定します。
1.自然状態の人間(自分を律することができる自然人、勝手気ままにふるまう自然人)
2.社会的状態の人間(社会生活を営める人間)
3.道徳的状態の人間(他者を思いやって行動できる人間)
  教育によって「3.道徳的状態」に導くことを最終目的としています。
『シュタンツ便り』1799
シュタンツの孤児院での教育実践をつづった作品。
「貧しい子、不良に見える子も神から与えられた人間性の力がある。」とするペスタロッチの信念が胸を打ちます。
『ゲルトルート児童教育法(ゲルトルートはいかにその子らを教えるか)』1801
ペスタロッチの教員経験を生かした教授学の本。知的教育、身体的教育、道徳的教育の解説と取り組み方が紹介されています。
 3H主義(Head=知的教育・Heart=道徳的教育・Hand=技術的、身体的教育)の解説書。
『白鳥の歌』1825
「生活が陶冶する(Das Leben bildet)」 という表現は、ペスタロッチの名言の一つ。道徳的な生活、知的な生活、労働する生活(産業的生活)は、神殿の道徳、知能、身体のバランスが取れた発達を促すとしています。
その他の著書
『クリストフとエルゼ』1782
『立法と嬰児殺し』1783
『然りか否か』1793
『人類の発展の歩みについての私の探究』 1797
『寓話』 1797
『我々の時代と私の祖国の無垢と真面目さと高貴さについて』1815

ペスタロッチ教育思想のまとめ

・貧しい子どもにも教育を与えることに尽力。

・哲学者ルソーの教育思想を継承、そこから発展させた見て触れて学ぶ「直観教授=メトーデ」を確立させた。

・「生活が陶冶する」と考え、幼児期の家庭生活が人格を形成するとした。

・貧民学校、聾唖学校、女子学校を設立し、弱者にも学びの機会を与えた。

・「人間、玉座に坐っている人も、あばら家に住んでいる人も、同じである」として、幼児期の深い信仰と家庭での教育が人間形成の基となると考えてた。

ペスタロッチの教育手法「直観教授(メトーデ)」とは?

ペスタロッチは直観は「数」、「形」、「語」の3つ(=「直観のABC」)で構成されるとし、これらを基礎に教育を行うことが重要であるとしています。
数、形、語の基礎概念を五感を使って身につけることで、高度な知識もスムーズに覚えられるようになります。

彼の教育手法である直観教授(メトーデ)とは、

実際の物や事象または絵画・模型・写真などを観察させ、具体的、感覚的に理解させる教育方法。

引用文献:goo辞書より

です。

実物教授とも呼ばれ、ボヘミアの教育思想家コメニウス、フランスの啓蒙思想家ルソーらが先駆者でした。 

メトーデは、直感教授を用いた教育法。メトーデ=直感教授とも言われています。

どんな子どもにも効果的!直観教授

良家の子息から、孤児まで家庭環境の違う多くの子どもを指導してきたペスタロッチ。
その中で気づいたのは、「言葉だけで教えるのではなく、実物を見て、触れて学ぶことでより理解が深まる」ことでした。
知識は座学で学ぶだけではなく、「五感を使って感覚的に学ぶことで身につく」と提唱しました。
直感教授を行うことで知的教育・身体的教育・道徳教育の根本力が養われると考えたのです。

ペスタロッチが教職についていた18世紀は、教師が講義し教科書の内容を言葉で覚えさせる「概念教授」が当たり前でした。受け身の学びが主流だったのですね。

しかし、ペスタロッチは授業の中に農作業や、美術鑑賞などを取り入れ、「子どもを能動的に学ばせる」ことに成功したのです。見て、触れて学習効果を高める直観教授法は画期的とされ、世界中に広がっていきました。
直感教授法は、現代日本の幼児教育、児童教育のスタンダードとなっています。

日本の小学校教育を創ったペスタロッチ

「初等教育を寺子屋から小学校へ」
明治初期、教育内容の改革が進められ、日本初の師範学校が創設されました。ここで教員育成の指導の先頭に立ったのはアメリカ人スコット(M.M.Scott)氏でした。彼が導入した教授法は、アメリカで支持を集めていたペスタロッチ主義「実物教授=直観教授」を取り入れたものでした。

明治十四年に定められた小学校教則綱領では、

博物・物理・化学等も最初は児童の生活に結びついた実物によって教授しなければならないとし、女子には裁縫および家事経済を必須科目として、家事経済は衣服・洗濯・住居・什器・食物・割烹・理髪・出納等の一家の経済に関する事を授けるべきであるとする

東京に創設された師範学校では、明治四年八月に来日し、大学南校の教師をしていたアメリカ人スコット(M.M.Scott)が、アメリカにおける師範学校教育に理解と経験をもっていたところから同氏を招へいした””スコットによってわが国に導入された新教授法には当時アメリカで盛んとなっていたペスタロッチ主義の実物教授の方法が含まれていた。この実物教授(object lessons)は当時わが国で「庶物指教」と呼ばれた

引用文献:明治文部科学省 「学生百年史 、第一編 近代教育制度の創始と拡充、第一章 近代教育制度の創始(明治五年~明治十八年)、第二節 初等教育、三 小学校教育の内容と方法」より

などのような「児童の生活に結びついた実物によって教授する」
ことを定めています。

幼児期の地頭力育成におすすめ!直観教授のメリット

今のように教材、教具が豊富ではなかった18世紀、ペスタロッチはどんな方法で直観教授を行っていたのでしょうか?

例としてペスタロッチが行った「数的推理力」を高める指導をあげましょう。

ペスタロッチは子どもたちに「数的推理力」を学ばせる際に、講義や暗記を行いませんでした。
カード、石、豆などを使って、子どもの興味を引き、手先を動かして感覚を使って数の概念を理解させることからはじめました。

例)
1~10までの数字を石や豆を使って表す。→数の概念

1枚のカードにもう1枚カードを加えると2枚、さらにもう1枚のカードを足すと3枚に・・・→たし算の考え方

2枚のカードは1枚のカードの何倍になるか?→かけ算の考え方

参考資料:田中潤一、佛教大学教育学部学会紀要 第10号『直観教授の意義と方法 ―コメニウス・ペスタロッチーからディルタイへ―』2011年

五感を使うことで脳の発達が促進される幼児期。特に脳の発達の9割が完成する6歳までは、五感を使った学習が効果的です。

幼稚園、保育園、幼児教室などで行われている語彙力、数的処理能力などの学習にも直観教授は取り入れられています。
ペスタロッチが道具を使って指導したように、現代の幼稚園、保育園、幼児教室などでも、カード、パズルなどの教材や教具を使った学習が行われています。

直感教授のメリット・集中力が高まるので、記憶に残る。

・能動的に学べるので、自主性が育つ。

・知的好奇心が育まれることで、学習意欲が高くなる。

・教える大人(親)が指導することで、知識だけではなく道徳観も育つ。

・論理的思考力が育つ。見て、触れて学ぶことで「自分が行ったことによる結果」を過程を含めて理解できる。

気軽にできる直観教授

家庭でも直感教授は気軽に取り入れることができます。
特別な教材、教具を揃えたり、手間のかかるカード作りなどしなくても、身近にあるもので直観教授を行ってみましょう。

親子で取り組める直観教授の例
・「一匹の野ネズミ」などの手遊びで数の数え方を学ぶ。

・両面カラーの折り紙を並べて数の概念と色彩感覚を学ぶ。
・仕掛け絵本の読み聞かせで、語彙力や一般常識を学ぶ。
・親子で料理をすることで、一般常識を身につけ論理的思考力を伸ばす。
・散歩の途中で影を観察し、時間経過と共に影の長さが変わることで、太陽の動きを理解する。

図書館、博物館、美術館などに連れていく、地域の科学イベント、食育イベントなどに参加することも、直観教授の一環と言えますね

子どもの「何で、どうして?」を言葉で説明しようとすると、うまく伝わらないことも多いですよね。
特に語彙力、読解力も未発達な幼児の場合は、実物や模型を見せた方が理解が早いことも多いです。
直観教授を上手に使って、お子さまの知的好奇心を育みましょう。

ペスタロッチの教育思想に学ぶ「勉強する意義」

上流階級や中流家庭の「教育をされた」子どもだけではなく、「無教育」の貧しい子ども達にも指導を続けたペスタロッチ。
学校に行ったことのない子ども達に直観教授で基礎学力を身につけさせながら、農作業、機織りなどの職業訓練も行いました。単に知識を増やし学力をつけるだけではなく、それを生かして社会に貢献できる「生活力」を育みました。貧困から脱却するには、働く能力が必要だと考えたからです。
ペスタロッチの子どもの未来を見据えた教育思想は、現代にも通用する普遍的なものでした。

お子さまが家庭学習をやらなかったり、テストの点数がイマイチだった時に、つい叱ってしまうママパパは多いかと思います。「もっと勉強させないと、他の子から遅れてしまう」と追い詰められているママパパもいるかもしれませんね。

しかし、勉強は「子どもが幸せに生きるために」「職業選択の幅を広げるために」行う手段の一つ。一時の態度や成績に落胆しなくても大丈夫。親が根気よくサポートし、励ますことで学力は必ず伸びます。
地頭の良い、学習意欲の高い人はさまざまなことに好奇心旺盛です。
算数、国語、理科、社会等の教科学習に関係ないことでも、子どもが興味を持ったことに触れさせてあげましょう。

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この記事のライター

AOTANAOAO
AOTANAOAO

2015年よりライターと鞄・アパレル雑貨メーカーのWEBモデルの仕事をしています。Chiik!!では幼稚園入試、英語学童、インターナショナルスクール、親子で作れる知育玩具などの記事を執筆。 教育・健康・レジャー・ファッションなど、「日常生活がより豊かに楽しく送れる」ような情報記事を書いております。