乳幼児期は「遊び」こそが大事といわれますが、なぜ大事なのでしょうか?学びのある遊びをさせるために、親はどういうことに気をつけていればいいのでしょうか。学芸大学附属小学校の教壇に長年立っておられた立教大学・黒澤俊二教授に、未就学児のうちに、親が意識しておきたいことについて伺いました。
Chiik!読者にはそんな悩みを抱える方も多いと思いますが、小学校入学前にどんな関わり方を身につけておいたらいいのか、幼児教育についても詳しい黒澤俊二教授にChiik!編集部が伺いました。
黒澤先生は長年学芸大学附属小学校で教壇に立たれた後、常葉大学教授を経て2016年4月からは立教大学文学部教育学科教授として教鞭をとられています。そのかたわら、「かず・かたち図鑑」等監修書籍を多数出版されており、幼児教育や教育心理学に造詣が深く、各地で講演も行なわれています。
「学び」と「遊び」の関係って?
黒澤教授:そもそもまず、「学び」と「遊び」はどう違うのだと思いますか?
「学び」は「早く字を読んでほしい」など、目的や目標があって、大人が子どもに強制的にそうさせるもの。子どもが自発的にする「遊び」は到達目標を決めさせられてから取りかかるものではありません。
「遊び」は子どもが自分で、狙いや目標を見出していくのです。
「学び」も「遊び」も最終的に目標を達成できるのですが、それがどの段階で、誰から出てくるかが大きな違いです。
誰かが上から与える目標がなくても、子どもが自分で作っていけることが大事です。本当の学習や学びは遊びの中にあるんですよ。
親が気をつけるべき3つのこと
黒澤教授:親が気をつけてほしいことは3つあります。
1:目標や目当てを前面に出さないこと
「いい子になってほしい」「迷惑をかけない」などの指針をまるで持たないのもダメですが、例えば「いい大学や小学校に入れたい」という目標を持って接しては、子どもの真の「学び」にならないのです。
これは「Hidden Curriculum(ヒドゥン・カリキュラム:隠れた教育計画)」といい、「潜在的カリキュラム」や「隠れたカリキュラム」とも呼ばれる考え方にも共通するものです。
2:子どもが自ら動き始める環境づくり
子どもにどうやって主体性を持たせるかが鍵なのです。
3:子どもが入る隙間のあるものを用意する
子どもが自ら働きかけられるもので、加工したり、手を加えたりできるものを周囲に用意しましょう。積み木など様々なものに見立てたり、つなげられたりできるものもいいですね。
親が手を出さないことの大事さ
黒澤教授:ちょっとしたことでクリアできると思います。まずは目のつくところに出しておけばいいのです。出しておけば触りますよ。
——張り切ってせっかく高いものを買っても、なかなか触ってくれない時はどうしたらいいでしょう。
黒澤教授:親が真剣に遊んでみせるのもいいかもしれません。ただ、本当に夢中になって遊んでいないと見抜きます。例えば、お父さんが夢中でプロ野球を見て応援すれば、子どもも応援し始めるなんてことはないでしょうか?
子どもはなんでもよく見ていますよね。押し付けがましさやわざとらしさ、真剣さなど、子どもにはちゃんと伝わります。
子どもは状況の中で学ぶ
黒澤教授:そもそも、なぜ人間は学ぶのでしょうか?以前は外観の刺激と反応の間に結びつきができることが学びであるという考え方「刺激=反応説」が一般的でした。
だからいろいろ見せたり触らせたりして、すぐ「なんか感じた?」と聞く親が多かったのですが、ここでお伝えしたいのは、「正統的周辺参加」という考え方です。子どもは「状況の中で学ぶ」こと、つまり生活の中に学びがあるということです。「学び」は自らの好奇心で、能動的に知識を得ることなのです。
例えば、貧しい国のストリートチルドレンで道端で花を売る子が、算数のドリルをしたわけでもないのにおつりを間違えないのは、その状況の中で必要だから学んでいるわけです。
例えば、「コーヒーとドーナツって同じ?」「丸いところは同じだね」という形の概念を発見するとか、「洋服を自分でフックにかけようね」と促すと「右から3番目のところだね」と自分で数を数えて位置を説明できるようになるなど、生活の中でも算数は学べるのです。
家庭の中に文化を作ろう
黒澤教授:状況作りで特に大事なのは文化に参加することです。例えばルーツのある場所や住んでいる地域を大切にすること。歴史や文化を勉強して、地域に根付いているお祭りに参加するのもいいと思います。そして、家族の中の「文化作り」も重要になりますね。
両親それぞれ育ってきた環境や文化の違いがあっても、オリジナルのルールや習慣を作り上げていけばいいのです。自分が育ってきた「ファミリー・ヒストリー」を振りかえりながら、また新たなものを築きあげられるといいですね。
「出されたものは残さず食べる」など、家庭の中のルールを作るのも大事です。
しつけのときによく使う態度という言葉がありますね。態度の態は、訓読みで、態すると書いて、「わざわざする」「わざとする」と読みます。つまり態度はわざわざする度合いなのです。ほっときゃするわけではない。わざわざしつけたり教えたりしないとできないことがあるということですね。
さらに「正月はみんなでおせち料理を作る」「お墓参りをしよう」などの習慣を意識することも、家庭の教育方針を明確化させることになり、教育方針があることで習慣的な学びが可能になるのです。パパママの信念、方針作りがきちんとあるのが重要です。
自己効力感を持てた学びは習慣になる
「あいさつをしなさい」「そういうものなの、頭下げなさい」と口うるさく注意をしてあいさつができるようになっても、それだけだと中高生や大人になるとしなくなります。
あいさつをすると皆が笑顔になって、自分もよい気持ちになって嬉しいからあいさつをするようになる場合は、自分からあいさつするでしょう。
それを心理学で「効力感」と呼びますが、効果を自分自身で感じないとやらなくなるのです。
「手はおひざにおきなさい」と教えられて、それを言われなくても続けられる子は「手をひざにおいて話を聞くとよくわかるね。よくわかると楽しいね」ということを実感した子どもです。
その「自己効力感」を持つと習慣になるのです。
ただし、子どもはひとりではその効力に気づきにくいので、親が「嬉しそうだったね」などの声かけをし、情報を流してあげるのが大事です。自分の成長につながると自覚できるとなおさら、効果的です。そうやって、自己効力感を折々に感じて学んだことは持続性、習慣になります。
「子どもにたくさん質問されるのですが、うまく答えられないのですがどうしたらいいでしょうか?」とよく聞かれますが、「ママもわからない」でも大丈夫です。でも、「そういうことに気づけたのがすごい!」と着眼点や視点をほめるといいんですよ。
最後に
そして、そこで何かを発見したり、創り出したら、抱きしめたり声をかけたりするなど、働きかけをして、自己効力感を見出す助けをしてあげるのが大事ということですね。
また、子育てや教育の信念や方針は明確にしつつも押し付けずに、文化や習慣を大事にすることで伝えていくことが重要ということでしょうか。
黒澤先生、ありがとうございました!
【監修者・黒澤俊二さんの「この本を読むみなさんへ」から】
この本は、毎日の暮らしの中から、「かず・かたち」「大きさ」のおもしろさを発見できる図鑑です。
たとえば、部屋をかたづけること、子どもと2人で手をつなぐこと、今日の日づけを言うこと、自分のロッカーの場所をおぼえること……。
これらは全部、「かず・かたち」と関わりがあるのです。ほら、算数ってとても簡単でしょう?
親子でいっしょに調べたり、測ったり、数えたりする体験を通して、算数への興味を広げていってください。